山親爺
休みの儀式を初めて木曜に。動画は先週に続いて窓シリーズなり。5年程寝かしていたビーンのゴアテックス上下を着て、フランス軍の木箱を移動させるだけのもの。外の温度計を見たらマイナス5℃だったが太陽が出ていてそこまで寒く無く気持ちが良かった。雪は積もらず。アプリで確認すると青野ダムから北がうっすら積もっているようだった。三田は瀬戸内気候だものね。
9時過ぎに出発。木曜休日の初で行くと決めていたのは友人マー君の蕎麦屋、そば切り山親爺。コロナ以降、水曜が休みになったのでこの数年行くことが出来なかった。マー君夫妻はうちにコンスタントに来てくださりギフトをいつも買ってくださっている。久々に行くことが出来てとても嬉しい。バス停で待っているとドラゴンとばったり。いつもの時間より少し遅い感じ。遅ゴンやないか。メールすると高平はうっすら雪がつもっているそうだった。工場は冷えに冷えていて暖まるまで身体がうごかないすと書いてあった。そういえばいつだったか山親爺でドラゴンとマジカルに出会ったこともあったな。3年位前かしら。
三田駅からは新鉄こと神戸電鉄。この時間の新鉄も初めてでとても嬉しい。六甲の裏側を走る日本で一番乗車料金が高い山岳鉄道だ。改めて思うとなんだか良い感じ。車窓の風景に味があった。大学の時はこれで通学していたがその時は何にも思わなかったな。谷上で電車を乗り換えたのだが、降りた瞬間の冷気が凄かった。山の際の影だもんね。
新神戸では時間があったので、イタリアンなカフェでカプチーノと中にピスタチオクリームがはいった揚げパンみたいあのをを飲んで食べた。イタリア人の朝食がコーヒーと甘いものでライトにすませるみたいなの何かでみたので、完璧なイタリアンスタイルだった。お店もイタリア初のお店で日本には東京数軒と神戸2軒だけだった。
山親爺には開店と同時に入店。開店の儀をする奥さんのケイちゃんにご挨拶。マー君は打ち場で作業をしていたがすぐに出て来られた。新年の挨拶をさせて頂いた。2人ともいつもの感じ良かった。一番奥の席に座らせていただいた。相変わらずの静かな落ち着いた店内。時計の音がビートをきざんでいる。厨房からは2人の会話が時折聞こえてきてそれが良い感じだった。道に面した大きな窓から見える景色、乳白色の壁の色や質感、全て相まって素敵だ。赤星中瓶や日本酒にあてはいたわさ、とりわさ、漬け物、肝煮、スジ大根、あて三種盛りと存分に楽しんだ。どれもこれも美味しかった。民芸の器もお店にぴったりで良いなとなった。そこに当店から旅立ったマツオミユキさんの猫の絵の小皿も混ざってテーブルの上がなんとも良い風景だった。クラフトとプロダクトが自然と繋がるというか。マツオさんの絵の力よ。お酒は兵庫、岡山、山形のものを順番に。すっきり、しっかり、フルーティーという感じでとても美味しかった。どれも美味しかったが最後の山形の大山がたまらなかった。蕎麦の前には鴨碗、とりわさ(おかわり)、そばがきを食べた。そばがきがなめらかで弾力があり、蕎麦の香りもよくて美味しかったなぁ。
そしていよいよお蕎麦。細切りをおろし、太切りをもりと醤油&塩、手挽きを鴨で。細切りはすーっと入ってきて、太切りは食べ応えと香りがよくて、手挽きはすーっとしたのと香りがつよくて美味しかった。どれも良さが有った。満腹押忍。最高に美味しかったな。ごちそう様でした。
マー君たちとは土山人を興した渡辺さんのことも会話出来て良かった。4人全員渡辺さんのことが好きだからね。しゃべっていると目頭がちょっと熱くなった。渡辺さんと僕と奥さんが会ったのは5回もないだろうけれど、嬉しい言葉やためになる言葉を頂いた。お店して数年目の頃。今でも変わらず好きな物と売れる物を並べている。
最後にやりとりがあったのはインスタグラムのコメントでのやりとり。今ポスターはありますか?というものでそれに僕はダイアン・アーヴァス2枚ありますと返答した。また行きますと連絡があったのだが来られることは無かった。そういえば当店にあったセリケイのヌード画的な大型画集が渡辺さんのところに旅立った。いわゆるセリケイ的な世界ではなくてアザーワールドというか。良かったよね。渡辺さんも知らなかったと驚き良いとおっしゃっていた。あれからその本には出会っていないな。久々パラパラしたくなってきたので探してみるかな。みつけたらパラパラした後で山親爺の本棚にこっそり差し込んでおこう。